妄想オムライス
床下は骨伝導 ワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ !!!!!



風姿花伝から

世阿弥「風姿花伝」より

能においてもっとも大切なことは舞台における花である。
芸における花のあり方をきわめた上手ならば、
たとえ技術はおとろえても、花の魅力、舞台の魅力は一生涯残るはず。


メモおわり。風姿花伝を取り上げたTV番組のメモだと思う。

低血圧で花なんかなく洟ばっか垂らしている無能なアタチには、この論は一生理解しきれないだろうな。世阿弥が言うのだから少なくとも能においてはそうなのだろう、とただ鵜呑みにするばかりなり。世阿弥の言う「花」といえば「秘すれば花」というのがあるけど、あれはどういう意味なんでしょ?能ある鷹は爪を隠す、かな?







 


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熊川哲也の対談

ノートから。テレビの対談番組の書き起こしかな。

敷居が高いのは当たり前だと思うわけ。ただ日本は、どっちかって言うと敷居を下げようとするわけよ、人が埋まらないから。それ、すごく間違っていると思うし、なんかすごくこう、皆さんに受け入れられるんですよ、とか、皆さんが見てもわかりやすいんですよ、っていう。そうじゃない、お前らわかんないんだったら勉強しろよ。で、その敷居が高いとこを超えて来ればいいじゃない、そういう、オレは、スタンスにいたいなあって思うわけ。(補足:クオリティを下げると、バレエをよく見に来て下さるお客さんにも、また、新しくバレエを好きになって見に来てくれるようになったお客さんにも失礼になるから。)

それはもう経営者の戦略としては極めて正しいと思いますね。

ありがとうございます。

これ、下げたら余計、悪いことになりますよ。売れないから下げたらもっと売れなくなるだけで、やっぱりもう、苦しくても武士は喰わねど高楊枝、みたいにして行った方がいいし、それだから価値を出す。

自分が好きなバレエを皆さんにわかっていただく手段として、当然その目の前で踊ってみせることが一番手っ取り早いと思う。(略)人間の身体が作り出す造形がどれだけ美しいかわかって貰うのは、一番早いのは、目の前で踊ることなんだけど、来て貰った時にはそれが出来るけど、来さすまでにはどうするかっていうのを、やっぱり言葉で語らなければいけない、それはほんとに、自分が好きなものを熱く語らなければいけないわけじゃないですか。そこに正直さがないとオレは絶対心は動かないと思うし、多分来て下さらないと思うんですよ。

起業家も若い時に起業家の講演を聞いたとか、目の前で働いているのを見たとか、そういうのがキッカケで自分もやろうとか、そういうのに関心を持っていくんですけど、そういう場で一度見るっていうのは、やっぱり全然価値観とか考え方とかって興味のあり方が変わるので、来て貰うっていうのはやっぱり良い話だと思いましたけど。

それこそポップカルチャー(若い新しい感覚の客)とハイカルチャー(伝統的古典バレエ)の融合っていうのがそこで生まれると思うんだよね。そういう人達が架け橋になってね。 

(略)合議制でクリエイティブの良い悪いを決めている。合議制では無理。(略)


オワリ。
Eテレ SWITCHインタビュー達人達 バレエダンサー・熊川哲也×IT起業家・藤田晋 の一節のようだ。

西洋の古典芸能バレエも集客に苦心している様子。熊川という絶対スターがいる今はまだいいけど、自分が現役を退く頃には新しいスターが育っていないと、という焦りが熊川にはあるようだ。

藤田氏は「我慢」という意味で単に慣用句としておっしゃっただけだから、藤田氏に言うんじゃないけど、古典のクオリティを保つその代償に「武士は喰わねど高楊枝」はもう、イマドキないよな〜。自分が好きでやっているんだから喰えなくたって仕方ないじゃん、古典芸能や伝統や芸術っていうのは昔からそーゆーもんなんだし、っていう人がいるけど、そんなの職業選択の自由が保障されると同時に、職権や独占が禁じられている現代では通用しない化石理屈だよ。舞台の仕事は誰もが出来るわけではない特殊技能なんだから、むしろその分給料上げろー!

確かにゲイジツやらデントーなんか無くなっても誰も死なない。でもさ、給料は上がらないのに税金は上がるわ就職難だわ、津波は来るわ原発は爆発するわのせちがらく不安な世の中に生きなくてはならない現代人こそ、アホクサくてやってらんねえ気持ちを癒す手段として芸能を必要とするのではないだろか。

芸術で腹は膨れないといいますが、人間の脳は、音楽や芸術に感動したり満たされると、あら不思議、美味しいものを食べてお腹が一杯になったときと同じ部位が同じように反応するらしいですよ。これは芸術が腹を満たすのと同じ効果を人に齎すという医学的な論拠になるわけだけど、実例としては、人は苦しく辛いときほど舞台芸術を必要とする、と、戦中戦後の食うや食わずの、いつ爆弾が落ちて来て死ぬか知れない過酷な時期に舞台に立ち続けた杉村春子が、それでも埋め尽くされる客席を見て実感しているし、現代でも、ディズニーランドは不景気になればなるほど入園者数が増えるという。どうだ。浮世を忘れることが許される異空間(エンタメ)は人間には必要なのだ。

日本固有の伝統芸能に楽しみと癒しを求める人は現に沢山いるし、伝統ではないところに楽しみを見出す人でも日本人である限りは、日本人としてのアイデンティティの拠り所でもある日本の伝統を積極的に守らなきゃ後悔する時が来る気がする。失ってから「あたしなに人だったかしら〜?」ってなって昔を偲び惜しんでも遅いのよ〜。

熊川哲也は日本のバレエダンサーの地位向上に努めた(現在進行中)初めての日本人バレエダンサー。
エライのだ。踊りうまいし、ていうか技がハンパない。未だに世界で唯一熊川にしかできない表現技術がいくらもある。ダンサーとしての才能と、その才能を活かして得た立ち位置でやるべきことの見極めと実行力が、つまり生き方が素晴らしい。尊敬してます。

民放の別の番組で、「エリザベス女王が見に来たときに緊張しなかった?」という質問に「しません。むしろ、お前らオレのバレエが見たくて来たんだろ?いいよ、最高のものを見せてやるから楽しんでけよ、と思った」みたいな返事をしていたと思う。 そういえば高橋大輔は、周りに「かっこいい!うまい!」と褒めて貰って益々その気になって、いい気になって踊ってきただけ、と自己分析をされていたが、ほんとうに実力のある人がイイ気になって踊るのを見るのは大好きだよ!もー堪んない!上手い人が得意になって技を披露してくれるのを見るという、これほど気持ちの良い、生きててよかった!と思えるものは他に無いぜ。同じ時代を生きてるという幸運がなけりゃ見られないのだから、文字通り有難いし、だからこそお金を払って見に行く。そして演じてくれる人の「今わしゼッコーチョー!やる気満々!」に運よく遭遇できれば、チケット代の元がとれて、おつり貰って有り余る。






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ドイツものづくり街道をゆく
字がきったなくて読めないけどノートから書き写し。


BS朝日 キリン一番しぼりpresents ドイツものづくり街道をゆく
東信 あずままこと フラワーアーチスト

マイスター制度


 カッコウ時計

彫っている間は何を考えているか?
いつも美しい女性のことを考えている。 (職人親子と東の?)3人で彫る

自然の中に住み、自然から木を切って来てまた木を作る。究極の〜(読めない)

カッコウ職人としてのこだわりは?
大切なのは伝統を維持すること。質の高い時計を作ること。そしてお客さんに喜んでもらうこと。
前の世代から次世代に経験を伝えていかなければならない。そしてそこに自分のアイデアを入れていく。

どうやって息子さんに伝えたのですか?
伝えたつもりはありません。息子はそれをわかっています。感覚でね。だから伝える必要はないんですよ。
伝えたら逆に失ってしまうかもしれない。つまり伝統は私達とともに生きているということです。

息子=4歳から木を作って遊んでいた。工房に出入りしていたので自然に職人になった。

息子:自分からやるしかない。父の凄いところは私を放っておくことなんです。学校の先生みたいに上から「こうしなさい!ああしなさい!」とは決して言わない。私の自由にやらせてくれるのでバランスが良い。

強い信頼関係で結ばれているのですね。

父の作品は昔ながらのもの、息子の作品には現代的な新しい工夫が見られる。


ローテンブルクの鍛冶マイスター 鉄細工 看板

ニュルンベルク 人形の修理 人形のお医者さん

イトシュタイン 木組みの家 奇跡的に爆撃を逃れた古い街並が残る。160軒に1000人が暮らす。
木組みの家修理マイスター 大工と彫刻(鉄の?)マイスター
400年前の彫刻がほどこされた家


オワリ。

*家の修理マイスターも興味深い事を言っていたのを思い出したがメモはここで終わっている。けど、なんとなく思い出したのは、

何十年か前(保存の意識が低かった時代)に、当時の職人が粗悪な材料で手荒な修理を施した箇所を、基礎を壊さないように修復しなければならない。化学剤を使った修理が一番良くなく、基礎を腐らせてしまうので元の自然素材に戻さなければならない。建築に使われているものと同じ素材を手に入れて修復していく。それは根気の要る細かい作業。伝統の継承に携わる職ではあるが、若いマイスター当人はそんなに深い思い入れもなくサバサバしていた印象。

このあと、ミュンヘンのヴァイスブルスト作り職人→ビール工場→キリン生しぼりへ着地 だったと思う。
プレッツェルもあった。修道士が祈る形。カッコウ時計はシュヴァルツヴァルトの街らしい。

オワリ。

これ を見たんだ。






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中江兆民

 何を走り書きしたのか不明。テレビ番組か?字が汚くて判読不能の箇所多し。


1868年明治維新(文明開化)/福沢は外遊、諸国漫遊。
明治8年(1875)福沢諭吉「文明論之概略」発表(日本は文明を取り入れることで独立を図るしかない)

●全国人民の間に一片の独立心あらざれば文明も我が国の用を為さず、之れを日本の文明と名づく可ざるなり。其の国の文明と云ふは、其の人民相集まりて自ら其の国を保護し自ら其の権義と面目とを全ふするものを指して名を下すことなり。国の独立は即ち文明なり。文明に非ざれば独立は保つ可らず。

国としての独立を保つ為に、文明の良いところを吸収するべき。つまり産業化や、強い軍隊を作ること。さらに日本人ひとりひとりの精神を変え、自立しなければならない。(独立自尊)

●中江兆民=福沢の12歳年下。明治4年フランス留学。フランス都市計画のさ中ガルニエ(を見た?)西園寺公望と交流(2年間) 明治17年「政理新論」アコラース(平等・共和主義者)の本 ジャン・ジャック・ルソー「学問芸術論」を「非開花論」として翻訳

ヨーロッパがナンバーワンではない(他より優れた国ではない)。道徳があれば人は平等(反福沢)
技術的に進歩していてもヨーロッパは優れた国とはいえない。
帰国後「策論」明治8年(1875) 欧米の先進技術を取り入れるだけでなく東洋の道徳である儒教を学んでこそすぐれた国になる。

●父子相愛し兄弟相愛ムハ英佛我レ賢に優ルカ、優ルモノナシ。彼らのわれらにまさるものは、ただ技術と理論とにあるのみ。
よろしく公私学校に課して技書理論のほかに彼の那の道学を研鑚し兼ねて儒学の教典を講習せしむべし。誠にかくのごとくなれば英仏をしのぎ、宇宙第一の善国と成ること日を計(かぞ)えて待つべし。

学問のすすめ -一身独立して一国独立す-
儒教=古い時代が理想(尭:ぎょう・舜:しゅう・禹:む の時代) 歴史は必ずしも進歩しているものではない。西洋思想=歴史は進歩しているもの(近代文明以降の考え方)
西洋文明を見て劣等感を抱かない方がよい=イジョウ
道義・道徳moralに関しては古代ギリシャ以来と本質は同じ。つまり人間は同じ。
ルソーと儒教をすり合わせて考え一に=中江


明治10年(1877)西南戦争 不平士族オワリ→国会の言論

福沢=スピーチ(演説)・ディベート(討論) ●自由の気風はただ多事総論にあり。
議会制度を見習うべき(二大政党による)

中江=2年のフランス留学後麹町に仏学塾。仏の哲学書や思想書をテキスト。フランス語の授業。重要視したのはルソーの「社会契約論」を訳した「民約論」。自由民権運動に影響を与えた。東洋のルソー。

当時日本に「社会」という概念はなかった。個人ひとりひとりが契約してゆこうという考えで新しく社会を作る。その為には全国民が集まる集会をひらくことが必要。もうひとつは「道徳的自由」liberte morale 公的、共同体を第一義に考え、個人の利害を抑制する=全員で議論し、政府が実行。(ルソーの民主主義)中江はリヨンに1年過ごした。パレに法律を学んだ。

地元高知で後援会。御座敷で歌える民権思想の唄が作られる。「民権かぞえ歌」植木枝盛作詞「一ツトセ、人の上には人ぞなき、権利にかわりはないからは、二ツトセ、二ツとはないわが命、すてしも自由のためならば」 ほかに土佐のメロディに歌詞をのせて行く「世しや武士」など。

自由民権運動に政府の弾圧。明治14年(1881)政府から議会主義排除、代わりに10年後に国会を開くと約束。(国会開設の勅論)
フランス流自由主義の「自由党」(中江) と、
イギリス流議会主義の「立憲改進党」(福沢) が政党が生まれる。

中江「有限委任論」民が全てを托すのではない。限界がある。議会を内と外で。民主主義 議会は勝手に決められない。

明治時代に民主主義はあった。(議会に民が集まってくる)
福沢=明治12年(1881)今も議員館にある「交詢社こうじゅんしゃ」を作り、慶応出身の管理、実業家、ジャーナリストなど1629人を会員として集めた。そこで、彼の言う二大政党制にとってかわるカウンターエリート(対抗エリート)が育っている。

福沢の失敗はカウンターエリートが有権者(地方の地主や〇民)と直接結びついていなかった。有権者を握ったのは福沢から見て「あの過激な」という中江の自由党。→地方を握っている。ボトムアップは生販(?)。

中江の学んだルソーの思想、観念、理想、 「民約」はあるべきもの。理想を想像することで現実にどのようにうつしていくか。 哲学重視。


 オワリ。「民権かぞえ歌」をおもしろいと思ったのかもしれない。






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白玉は

白玉は
人に知らえず
知らずともよし
知らずとも
我し知れらば
知らずともよし

 万葉集 元興寺の僧


weblio古語辞典

「白珠は人に知らえず知らずともよし知らずともわれし知れらば知らずともよし」
出典万葉集 一〇一八・元興寺(がんごうじ)の僧(そう)

[訳] 真珠は人に知られていない。だが人は知らなくてもいい。人は知らなくても、自分がその価値を知っていれば、人は知らなくてもよい。

鑑賞
この歌の左注には、元興寺のある僧が、すぐれた知識才能を有していたにもかかわらず、周囲から理解されずにいることを嘆いた作であると伝える。歌体は5・7・7、5・7・7の形式からなる旋頭歌(せどうか)。「白珠」は真珠のことで、ここでは自分の才能のたとえ。「知らえず」の「え」は受身の助動詞「ゆ」の未然形。「白珠」のあとに「知らえず」「知らず」など「しら」の音を繰り返して一首に技巧的なリズム感をもたらしている。







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