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妄想オムライス
床下は骨伝導 ワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ !!!!!



津軽三味線 
 昨年は太宰治生誕100年であった。中3の夏休みに「走れメロス」を読んで太宰治さんとお近づきになり、治さんに「一度は斜陽館へ遊びにおいでよベイベー」と誘われたと妄想したあの日から幾とせ。昨年秋に青森へ行った。

 どーん!斜陽館

いの一番に「斜陽館」へ。豪邸である。近くに「三味線会館」が在り、それとセットになったお得な入場券を窓口の方に薦められた。三味線?津軽三味線です。 忘れていた、津軽三味線のことを。そうだ、ここは津軽なのだ。 

三味線会館は博物館である。太棹の三味線が出来上がるまでの工程や、三味線のルーツに当たる各国の弦楽器の演奏風景などを、VTRと展示品で見ることが出来る。他に津軽界隈の民謡踊りや衣装も見られる。中でも津軽手踊りのVTRが見もの。めっちゃ面白いスタイルの踊りで難しそうなのに、踊っているお兄さんお姉さん方が上手いんです。んで、出口付近にひとりの三味線弾きのコーナーが設けられていた。 

白川軍八郎。 津軽三味線の祖「仁太坊」最後の弟子にして「津軽三味線の神様」と呼ばれる人物である。奇しくも太宰と同じ生誕100年なのである。 因みに三橋美智也はこの人の弟子らしい。 壁面のショーケースに写真が飾られており、そのケースの前に設置してあるスピーカーのボタンを押すと、昔のラジオから流れるような古い音で、軍八郎の演奏が始まった。この時は津軽じょんがら節以外にどんな曲があるのかも知らなかった。でも、最近の若い奏者がやるような派手な超絶技巧ではないのに、心を鷲掴みに捕まれてもうた。

ここにはホールがあり、津軽三味線の生演奏が聴ける。この日はトークを織り交ぜながら独奏で4曲披露してくれた。りんご節、よされ節、十三の砂山、津軽じょんがら節だったと思う。弘前大学の津軽三味線サークルの学生達が聴きに来ており、一曲終わる毎に「おおー」と感嘆の声を上げ拍手喝采。津軽三味線は必ず3本の糸の調子を合わせてから演奏に入るのだが、その調弦も演奏のうちと思ってよいと後に知る。演奏会は進み、「では最後に津軽じょんがら節を弾きます」と言ってまた調弦が始まり、ここで今までよりも一気にピッチを上げた。それが、いよいよじょんがら節が始まる合図なのだと思ったら、鳥肌が立った〜。力強く見事なじょんがら節。でもさっきの一番技巧的に見えたよされ節も断然上手かったっすよ!

 なんというお名前でしたか


津軽三味線の即興性に富んでいる点はジャズに通ずる、とよく言われるが
この方の演奏には激しくロックを感じた。
楽器の上手い人はカッコイイのだ。



売店に100周年記念に作られたベスト盤が有ったので購入。店員さんが、これは音が悪いですよ、と教えて下さった。いいんです、悪くても。喜んで買います。

 白川軍八郎.JPG
 音が悪かろうが

レコード針のプチプチ言う音の向こうから、味わい深い津軽民謡が聴こえる。胸に迫るのは哀愁、生きる喜びと厳しさ、諦念と楽観。そして後に津軽三味線について知れば知る程、これを聴く度切なさが増すのだ。 帰って来てから他にも津軽三味線のCDを何枚か買って聴いてみたが、結局この1枚に戻ってきてしまう。 
録音が残っておらず今となっては滅多に聴けない唄い手の、貴重な名調子も聴くことができる。いや唄も上手いのだ、これがまた。 3曲目の津軽じょんがら節になんと森の石松が登場。15,16,17曲目が軍八郎の独奏になっていて、わたくしめは16曲目の新旧よされ節にシビレます。

斜陽館には太宰愛用の太棹の三味線が展示されている。好きで習っていたのだそうだ。きっと軍八郎の三味線を耳にすることもあっただろう。 同じ年に同じ津軽に生まれ、対照的な運命を辿ったふたりの偉人の、それぞれの苦悩に思いを馳せる。








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